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名残り雪から無常の形


三寒四温とはよく言ったもので、この一週間、温かい日が続いたと思えば雪も舞う寒さが戻ってきたりと、大気の気まぐれに翻弄される日々が続いています。職場の前に大きな桜の木があって、花が少しずつ咲き始めている。3分咲き、5分咲きとゆっくり歩を進めてきて、またここ数日の寒さで頑なになってしまいました。満開になると壮観なので、早くそうなって欲しいのですが。

4月に降った雪は、ややみぞれがかり、地面に落ちればすぐさま溶けて雨水との区別が曖昧に。それでも、桜と雪とを同時に眺めることができた贅沢なヒトトキは、思い出すたび感傷的な、刹那の感慨を幾度も届けてくれます。

いまは雨。雨音が響く窓に背を向けて、キーボードを叩いています。
先日の雪桜や、いま背後で奏でられる雨の旋律を意識すると、目の前のモニターに付いた小さな埃汚れも気になってしまい、手近にある布で丁寧に拭き取ってみる。次には、机の上が散らかっていることを嫌い、それも片付ければさらに周囲の雑多なものたちが落ち着かない。美の基準は人それぞれでも、誰でも愛でたいと感じる視界があって、瞬間それを手に入れることはできても、その場に居続けることは不可能に近い。無常ってやつですね。

瞬間を可視なものとする手段として、写真などがあるわけですが、写真に切り取られる風景は広大な空間の中のほんの一側面で、そのときその場の自分を取り巻いている時間の流れまでは組み込むことができません。もしできたとしても、それはそれでつまらない気もする。世の中のたいていのものは、制約があるからこそ価値を持つことができるのです。

制約がないものといえば、人の想像力であり、その中では誰もが、なんにも縛られることなく好きなように想像することができる。ところが、好きなように想像するその世界の中でも、なにかに縛られている仮定を欲することがほとんどで、それに気が付くと途方に暮れます。ちょっとしたパラドックスです。人が想像するとき、言葉が介在するのは当然になってしまうから、縛られずに浮遊することが難しくなるんですね。

だったら僕に縛られて、トバされるのもキモチいいでしょう。
涙すら濁り始める前に、あなたの美しいものを見つけるために、無常の中の刹那を感じましょう。


[ 2015/04/10 18:53 ] SM and Sex | TB(0) | CM(0)

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