スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

砂粒より小さくてもそれがたしかにあるのなら。


昨日は雪が降り、車通勤の僕としてはヒヤヒヤでした。
子供の頃は雪の日は特別で、それだけで何か素敵なことが起こりそうな予感に包まれていましたが、いまは雪が降ると気をつけなくてはいけないことの方が多く、寂しいものです。

それでもやはり、雪というのは特別なもので、なにかにつけて感傷的な気持ちを誘ってきます。ついでに、性的な気持ちをも喚起してくるような気がして、なんの関連もないのに SM について想いを馳せたりもします。

おそらくそれは、僕が SM 好きだからであり、雪と SM の因果関係というよりは、自分が強くこだわっているものと雪との間の因果関係になるんでしょう。たとえばお酒が好きな人であれば、雪が降ればそれだけで肴となり、美味しいアルコールを堪能できるように。

現実的には難しいところだけど、雪景色を背景に緊縛された女性を眺めるとしたら、それはとても美しい。縛られて無防備に、漏れる吐息は白く、息遣いを視覚で感じることもできる。息の白さは熱となって僕の身体の内面に浸透してきそうで、その熱を動機に変えてカノジョに近づいて触れる。身体が冷えているのはカノジョも同じ。内から熱いのも同じ。指で触れればその部分だけは繋がって、そこにカノジョがいること、そこに僕がいることを確認しあえる。本来はひとつであった僕らが、いまも本当はひとつであるという事実を、あわよくば認められそうになる。

生に純粋であろうとするには、僕らの身の回りには余分なものが多すぎて、そのひとつひとつを脱ぎ去って晒せる相手が目の前にいるのなら、それはこの上もない幸福の瞬間です。不安や不満を抱えているのは誰でも同じだけど、それらを抱えたままでなお、完全な安心感を得ることもできます。奥深くに届くものを与え合えるように寄り添っていきましょう。届くものが大きさを持たない、たとえ砂粒よりも小さなものでも、それで充分なときってたくさんあります。



[ 2014/02/05 18:21 ] SM and Sex | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://smshyness1.blog.fc2.com/tb.php/176-9952f752


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。