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「もっと僕にやさしく笑いかけておくれ」


人は贅沢で貪欲、かつ恥知らずな側面を誰でも持っているもので、最初は「ありがたい、申し訳ない」と感じていたサービスであっても、それが常態化してくると、いつかそのサービスがなくなったときに不平不満を持つものです。僕は、そういう姿勢がとてもイヤで、自分がそうならないように時々意識します。周囲から見れば明らかであっても、自分自身のことに対しては査定が甘くなってしまうのも当然ですから、より厳しい目線で自分を観察する必要があります。

世の中には「当たり前」のことなんて、本当はない。電車で立っているご老人に席を譲るのも、可憐な女性にプレゼントを贈るのも、弱い誰かを助けることも、どれもこれも当たり前のことではない。生物界においては、弱ければ淘汰されることこそ自然であり、当たり前だとさえいえます。

もちろん、僕が電車の席に座っていて、目の前に立っている年配の方がいれば席を譲りますが、それに対する感謝の気持ちは決して忘れてはいけないと思うのです。別に、感謝をして欲しくて言っているわけではないし、感謝がなくても譲りますけど。

なにかしらの「サービス」を受けるときに、それを当然だと認識する姿勢が嫌いなわけで、そういう価値観は人それぞれで正答はないだろうから、特に誰彼と論争したい気持ちはありません。

サービスを受けることに慣れ、それを権利の一種と誤認してしまうと、心の余裕が1センチくらい小さくなる気がして、心が何センチなのかわかりませんけど、「自分の心が小さくなったなぁ」と感じて素直に喜べる人もいないでしょうから、僕はそれがイヤです。呼吸できることにすら感謝の気持ちを忘れずに、大切に暮らしていけるのなら、人から後ろ指をさされることもなくなるでしょう。そんなカレをキライというダレカがいれば、それはソイツが寂しい生き物だなと思って(あるいは不愉快だなと思って)踏み潰してしまいたい。人は贅沢で貪欲、かつ恥知らずな側面を誰でも持っているので。



[ 2014/01/10 20:25 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(0)

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