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あれもこれも紙一重


一人称に僕を用いるこの僕も、実のところすでに37歳という年齢になっていて、自分の物の考え方や立ち居振る舞いの変化は自分自身でよくわからないけど、きっと人から見たら、ずいぶんと落ち着いたのだと思います。若者が大人ぶることはかろうじてできるとしても、37歳になると20歳の真似事はうまくできない。「無常」という真理はいまも昔も変わらない、唯一の「常」なのかもしれません。

SM は非日常的な行為だと思いますが、その目的は日常の活性化にあるわけで、日常の身近に存在していくことが肝要という気がしてきました。SM に興味を持たずに暮らしている人は、興味を持っている人に比べてどこか器用な部分があるんでしょう。非日常に頼らずに自分の調子につじつまを合わせることができる。僕なんかダメダメで、ふとした拍子に、手に持った受話器を窓ガラスに投げつけてやりたくなるんですけど、そういう気持ちをぐっと飲み込んで、サディスティックな自分に流し込み、別の、もっと濃密な気持ちに熟成させてから縄を持つことでゆっくりとじっくりと発散させていく。言い方は数あれど、いつも感じる SM 観はある程度同一で、無常のわりには成長しない自分にも腹が立ってきます。それで何かを投げつけたくなってあれこれ、な感じで。

[ 2015/10/27 22:47 ] SM and Sex | TB(0) | CM(2)

完成品を少しずつ壊す


職場の前に小さな広場があり、そこでいつも、幼稚園帰りの子供たちがはしゃいで駆け回っています。それを見守るお母さんたちはみんな一様に笑顔で、我が子がその全身を思う存分に使って動き回っているのを眺めている。無関係である僕も、幼い子供たちが身体の機能を精一杯に活用しているのを見ていると、わけもなく誇らしい気持ちになってくる。あの子たち、ずっとあのままでいられたら幸せなのにと無責任な感情を抱くけど、四季の移ろいがそれを許さないから、幸せの有り様が時間と共に難しくなる。
[ 2015/10/07 17:19 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(0)
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