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ナビを捨てて迷走しよう。


この時期は、毎年恒例の連続出勤となっていて、体力とともに気力も減退しているのを感じます。そう体力を使う仕事でもないけれど、休日がないというのはやはり疲労を蓄積させます。疲れてくると感情をはじめとする様々な感覚が鈍ったり、あるいは極端に鋭くなったり、そのことでさらに疲れたりと悪循環です。久々の休みとなる今週末が本当に待ち遠しい。

You tube の動画で、志村けんが昔やっていたコントを見て、当然お色気たっぷりの内容で、こういうものをゴールデンタイムで放送していた時代があったんだよなと懐かしくなりました。最近よく、テレビがつまらなくなったという意見を聞きますが、つまらなくなったというよりは、面白くなっていない、というのが適切な気がします。目新しい企画もなく、番組ごとの個性というのがない。バラエティに関しては、出演者が違っているだけで、どの番組も内容はほぼ同じ。なんというか、カップ麺や牛丼屋、コンビニ弁当に通じる画一化を感じます。○○味と種類豊富なカップ麺も、続けて食べていると、どれも「カップ麺の味」であり、多くの種類が並んでいるコンビニ弁当も、どれを食べても「コンビニ弁当の味」に落ち着いていきますよね。いまのバラエティはそれと似ていて、僕が週に定期的に見ている番組も、なにかある事柄にフォーカスして、その点について出演者がトークを繰り広げるという骨格は似たり寄ったりです。

出演者の好みはあれど、そういったバラエティは、昔に比べてつまらなくなったというのは言いすぎな気がします。先に書いたように、面白くなっていない。それはたぶん、バラエティという枠組みの中のジャンルが、もうかなり前に完成されているからだと思います。

以前に別のブログで書いた気がするのですが、すべてのゲームの頂点に君臨するゲームはスーパーマリオブラザーズだと言われています。新しい機種が続々と発売され、グラフィック等は比べものにならないくらい向上しているにも関わらず、スーパーマリオを超えるゲームは誕生していないと。マリオには、その後のゲームにおける要素がほとんどすべて詰め込まれているからです。「そのゲームのそれって、マリオで言うなら××だよね」というふうに言えてしまう。自機のパワーアップがあったり、各ステージ間のワープがあったり、無敵状態や隠しステージなどなど、ゲームを装飾する要素がぎっしりと詰め込まれているのはマリオです。

テレビのバラエティにおけるマリオは誰かといえば、ビートたけしであり、または同時代の盟友たちなんだと思います。あのバラエティのあのコーナーは、たけしのやってたアレだよね、と言えてしまう。そう表現できない企画にはまずお目にかかることがありません。しかも、以前に比べて規制が厳しくなってきているせいで、昔人気を博した企画もいまは収録できないというものが数多くあるはずで、それらがなくなった分、テレビはつまらなくなったと感じるんでしょう。

テレビ自体、絶対に必要なものかといえばそうでもなく、ネット全盛となった現代では、一週間や一か月、テレビをまったく見なくても世の中の話題に置いていかれることはないでしょう。それどころか、だいたいの部分において、テレビはネットに先行されているイメージすらありますから。

それにしても、と思うのです。
テレビに頑張って欲しいなと。

ネットは、載っている情報量があまりにも膨大であり、細分化しすぎていて、それだけ多くの個別のニーズに応えることができるツールです。それぞれがそれぞれの好きなものを個人で追及していけるゆえに、皮肉なことに個人個人の個性が奪われているように感じます。もったいないし、漠然とした危機感も覚えます。テレビというツールが万人共通の娯楽の指針だったときが数十年はあって、限られた情報の中で自分の想像力を育て、自分で自分を走らせることを磨いていくことで、新しいなにかにたどり着いていたのがこれまでで、最近では、走る前から行先を見据えてしまう。どこに行くにもナビを設定しているわけで、迷子にはならないけれど、迷子にならなければ新ルートの発見もしない。退屈なんですよね。

そんなことを言い始めると、本当のオリジナルなんてアダムとイブの会話くらいということに帰結するので、ますますつまらなくなってしまうから、あえて目を逸らして楽しもうとする努力も必要だけど。



[ 2015/02/23 18:07 ] その他 | TB(0) | CM(0)
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