SM の。


スイッチを押す直前の期待感、押した瞬間の高揚感、その直後から始まる恍惚とする素敵な時間。それらすべてが好きです。

そういう流れをじっくりと楽しめるようになったのは、良いことなんだろうと思います。

我を忘れてむしゃぶりつく感覚も味わってみたい気はするけれど。

[ 2013/07/30 17:56 ] SM and Sex | TB(0) | CM(6)

あぁイヤだな クスリは効かない


あの子の柔らかい手を握っても落ち着かない~♪

仕事が繁忙期となり、体力気力ともに低下気味です。
更新頻度が極端に下がってしまい、我ながら情けない。
まとまった文章を書くだけの集中力も無さそうなので、今回は短文を思い付きのまま、箇条書き形式で書き流してみます。

反省だけなら猿でもできるとはよく言ったもので、なにかちょっとしたきっかけで反省をすることは日常茶飯事、その反省を次に活かせることはごく僅かです。そういうのって反省とは言わないんだろうな。

「今日までに わたしがついた嘘なんて どうでもいいよというような海」俵万智

そんな海のような人間になりたいのだけど。
でも海も、自分が嘘をつかれたら悲しいんじゃないだろうか。
なんて思っているうちは海になれない。

まずい。特になにも思いつかなくなりました。
この更新が復活の狼煙となることを祈りつつ、もう今日はおやすみなさい。



[ 2013/07/26 02:15 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(3)

共有は素敵だ。


縛られて無防備となり、うつむいてしまいたい反射的な感情を懸命に抑え込みながら、顔を上げ、こちらを見てくる M 女性の視線が好きです。その様子は誇り高く映り、思わず見惚れてしまいます。手を伸ばして、頬に触れるのは僕のため。

誇り高いその姿と、内面を彩るその人の強さや儚さ、危うさ、エゴやプライドにまみれた泥だらけの純心を、抱きしめたいと思い、張り倒したいと思う。なぜ同時にそんな気持ちが沸き起こるのかがわからず、戸惑い、疲れてしまうのにもずいぶん慣れてきました。

それとは別に、怒らせてみたいとも思う。泣かせたいと思う。全部を見たい。そうでなければ、僕の前にいる意味がないだろうし、僕もそこにいる意味がない。0 か 100 かで選びたくなるのは僕の悪癖で、よくないなとはわかっていても、自分の意志だけで変えていけるものでもないのでしょう。

それで、怒らせたり、泣かせたりしたいと思う。特に、怒らせることは難しい。そりゃ、理由もない誹謗中傷の言葉を投げかけたり、イヤということを無理にしたり、本気で僕を嫌いにさせるような種類の「怒らせる」なら簡単にできるけど、そんなことを望んでいるわけじゃない。自分自身が自分に対して感じているもどかしさや憤りを、外に向けて思い切り吐き出させたいと思う。「だって仕方ないじゃない」というような感じで。それを受け止めて認め、共有していきたい。

独りではなく僕の前で、怒って泣いて、笑って眠って。

そしてやっぱり、抱きしめたくて張り倒したい。
どうしてひとつじゃ足りないのかな。



まぁとにかく、素敵だ。

[ 2013/07/17 01:27 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(2)

彼女を殴って踏みつけるのは。


人に怒ることができないのは僕の欠点であり、怒りを覚えても、面と向かって話をしていると、相手の事情を鑑みて納得してしまうことが多いです。それは「僕を怒らせるような行動を取ったのには理由があるんだな」と納得するということで、怒りそのものは消えてなくなるわけではなく、かといってぶつける相手もいなくなるのでもやもやします。

そういうことはきっと日常生活のなかで少しずつ積もっていて、時々怒れない自分に気がつき、どうにも言い様のない孤独感や虚無感に襲われてしまう。誰かに怒れないということは、裏を返せば誰かのために喜べないということにもなると思うのです。どうも僕は、物事や心情を多面的に見ようとする意識が強すぎてしまい、主観的な物の見方を放棄してしまう傾向があります。完全な客観になれるのであれば、そこに息苦しさは感じないのでしょうが、僕の意思はそれとして残ってはいるものだから、それを消化できないことは苦しい。言ってしまうと本当にそうなるから、普段は気づかないフリをしているけれど。

そういう自分が、溜まった鬱積を晴らしたり、自分の能動性をさらけ出す場面が SM にはあり、それは単なるセックスではまだ物足りない。自分が自分らしさを保つために、必要なものであると実感します。僕はサディストとして居る男であり、そのためには僕の横暴を受け入れてくれる M 性を持った女性が不可欠で、カノジョの前に立つとき、僕は僕らしい強さと弱さを開き直れるのです。

「助けてくれ」と女性の優しさを求める男性はカッコ悪いと、そんな男に惹かれる女性はいないはずと、何年も何十年も思ってきましたが、どのような形であれ、誰かが誰かを求めているとき、助けてくれと願う気持ちがあるんだなとわかりました。その点を知るほどに、痛切な気持ちを込めて縛ることもでき、目の前の女性の美しさを引き出すことができそうです。いまならば、この指ひとつで何度でもあなたを導けそうな気持ちになって、たとえばとても離れていても、この声ひとつで導けそうな気持ちになって、奥に届かせるだけで壊せそうで。美しいあなたを縛り、だらしなく垂らす涎を眺めて、平手を飛ばして踏んでしまいたい。あなた以外への怒りを込めて、あなただけへの感謝を込めて。


[ 2013/07/14 23:30 ] SM and Sex | TB(0) | CM(0)

清く正しく美しく


こないだの日曜日から、厄介な問題に頭を悩ませていまして、今週はかなり忙しかったです。

問題を解決するための道筋は見えているのですが、厄介なのは、その対策が対症療法である、ということで、根本の原因を根絶しない限り、何度でも同じ問題が発生し、そのたびに頭を悩ませることになります。虫歯が痛いから痛み止めを飲んでいるようなもので、一度はそれで治まっても、虫歯そのものを治療できたわけではないので、いつかまた痛み出す。恐ろしいことに、そのときに訪れる痛みはより強烈なものになっていることが多い。

だから、いま抱えている問題に対しても、原因療法を実行したいところなのですが、それがなかなか難しい。第一に、僕自身が直面している問題ではないということ。つまり、僕がいくら頑張ってもどうしようもないということ。別に、僕だったらきちんと頑張れるというわけではありません。ただ少なくとも、僕自身の問題であれば、解決するかあきらめるかをさっさと決めて、それに沿うことができるわけです。これが他人事だとそうはいかない。まして、その相手に好意を抱いている場合、なんとかして解決させたいと思うのだけど、そのためには僕ではなく相手の努力も必要で、そうして努力することのキツさを知っている僕としては「いいよいいよ、これ飲んでおきな」と痛み止めを渡して甘やかしてしまいたくなるのです。

一見すると、僕は好きな人に対してとても優しいと思われがちですが、実際はただ甘いだけであって、僕がする「甘やかし」は、本当の意味で相手の役に立っていないことが多いです。それがわかっているんだから、なんとかしたいんですけどねぇ。厳しさと優しさをちゃんと表せるようになりたいです。もっともっと、相手を大切にしていく心構えが必要ですね。


話はガラッと変わりまして、今年の目標、というかモットーがつい最近になって決まりました。
僕には年下(非常に若い世代の)友達が多いのですが、彼らと話し合っている中で、今年のモットーは「清く・正しく・美しく」でいこうと。なんていい響き。清く正しく美しく。なれるだろうか。


さて、日曜と月曜は、僕も久しぶりの連休となります。
なにか面白いことがありますように。

[ 2013/07/13 20:32 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(2)

lovely yellow


北風は太陽と競うべきではなかった。勝てるはずがない。

暑いです。


僕は、「好きな色はなにか?」と聞かれたら「黄色」と答えます。

なんで黄色が好きかといえば、小学生のときに好きだった女の子が、やはり黄色を好きだったからです。

どういう話の流れだったのか、まったく覚えていないけれど、その子に「何色が好き?」と尋ねて「黄色!」と、とても嬉しそうににっこり笑って答えてくれたのを覚えています。それ以来、僕は自分も黄色を好きと言うようになり、いつの間にか、本当に好きな色になっています。

普段着る服などは、スーツにワイシャツが中心ということもあり、黒と白を基調にしたものになってしまうし、私服でも黒っぽい色の方が選びやすい。でも、夏の私服、Tシャツなんかは、黄色のものが多いです。もう10年くらい前、「きみほど黄色のシャツが似合う人もいないよ」と言われたことがあって、おそらくヨイショだったのだろうけど、いまだにその言葉を思い出してはニヤニヤしますね。

僕の中の感覚では、白や黒の服は、誰が着ても似合っていくものだけど、黄色となるとそうはいきません。黄色が似合うには、容姿や性格も含めて、それなりのバランスが必要な気がします。だから「黄色が似合う」ということは大切なのです。


何十年も前のことなのに、黄色と答えたときの彼女の表情は思い浮かべることができるし、その答えに簡単に影響を受けて僕はいまでも黄色が大好き。人は本当に単純なんですよね。
何十億人もいると、みんなで一斉に話し合うなんて無理だけど、もしもできたら、誰もが「一人」としてその話し合いに参加できたら、国や宗教、肌の色なんかを跨いでのムズカシイ問題も、案外すんなり片付くんじゃないだろうか。



[ 2013/07/12 01:10 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(3)

「また今日も、君に優しくできなかった」


なんて後悔しながら次の朝が来るよ~♪


相手のためを思って言っているはずの台詞が、実は我が身の可愛さから出ていると理解するときがたまにあって、ひどく虚しい気持ちになります。そういう見方をすればの話だから、相手を思う気持ちも嘘ではない。上手に思いやれていないだけかもしれないけど、だとしても虚しさが消えるわけでもない。ヒトはイヤラシイのです。

雨の明け方、部屋を飛び出して無人の住宅街を濡れながら歩く少女。追いかけて、部屋に戻ろう、風邪をひくよと。聞き入れられず、少女はしっかりとした足取りで無軌道に進み続ける。同じような言葉を何度も用いて説得を試みる。濡れちゃうよ、体に悪いよ。「だから、部屋に戻った方がいいよ」と。立ち止まり、初めて視線を合わせて少女が言う。「帰りたいのはオマエだろ」

その通りであることに愕然として言葉を失う男を尻目に、歩くことを再開する少女も、本当はもっと上手に止めて欲しかったのだろうと思う。


別の日。
くたくたに疲れていて、さっさと帰宅してシャワーを浴びて、ドライヤーもそこそこにベッドに倒れ混んで眠りたい。そう思いながらハンドルを握り、アクセルを踏む。運転をしながら、さすがに今日は大丈夫だろうと予想する。あの子も疲れているだろうから、今夜はぐっすりと、怖さや寂しさを感じないで眠ってしまうだろう。昨日の夜、予定を変更して一緒に過ごし、やるべきことを終わらせて、おまけにベッドで頭を撫でた。そうして今日の睡眠不足、今夜はきっと、僕の不在に気づくまもなく夢の中。だから僕も、早く帰って眠ってしまおう。彼女には会いたいし、彼女が寂しいのなら喜んで会いにいくけれど。きっと彼女もくたくただから、会いたい気持ちは我慢して僕も家に帰ろう。彼女のために。

胸中でそう呟きながら違和感を覚え、何度か反芻するうちに、雨の日の少女の言葉を思い出す。「帰りたいのはオマエだろ」

メール無精の彼女が今夜送ってくれた2通のメール。返事に返事が来たことなんていつ以来だろう。もしかして、彼女は寂しくて僕は帰りたいのか。

そうなるとメビウスの輪のように、表のつもりが裏、裏のはずが表。僕は会いたくて彼女は疲れて眠りたいのか、二人とも会いたいのか、二人とも眠りたいのか。

返事の返事に返事をするべきなのか、するならなんと言うべきなのか。
疲れているなと言い訳を呟いてから、ぐるぐると悩み、受け取り手次第の曖昧なメールを返す。用もなくコンビニに寄り、読むでもなく雑誌のページをめくって時間を流しながら、どうやら返事はないと確認をする。
昨日の夜、予定を変更して一緒に過ごし、やるべきことを終わらせて、おまけにベッドで頭を撫でた。そうして今日の睡眠不足、今夜はきっと、僕の不在に気づくまもなく夢の中。だから僕も、早く帰って眠ってしまおう。彼女には会いたいし、彼女が寂しいのなら喜んで会いにいくけれど。彼女はくたくただから、会いたい気持ちは我慢して僕も家に帰ろう。彼女と僕自身のために。


椎名林檎の「正しい街」という曲が好きで、もう古い楽曲だけれど、ふと聴きたくなります。

「短い嘘を繋げ 赤いものに変えて」なんてなかなか書けない。
赤いものねぇ。


「雨降り 濡れた街角は輝いて 俯いてる君が一人きりだと知った」

タイトル、及び冒頭、そしてこの上の一文は B'z の signal という曲より。

「また今日も、君に優しくできなかった。なんて後悔しながら次の朝が来るよ。
一緒にいられることだけ、望んでいたのに、満たされるごとにちょっとした恥じらいも消える」

僕も、一緒にいられることだけ、望んでいたのに、満たされるごとに…。
恥じらいを消せずにすれ違うこともあるから、時と場合によっては目一杯にさらけ出す方がいいときもありますね。優しさは難しいというお話。勇気を相手のために使おう。潔く。

他に何を望んでいたかって、それはほら、人はいやらしいのでね。


※ 途中のシチュエーション、フィクションなのでわたくしは元気です。真っ赤な嘘を使いたかっただけなんだけど、思った以上に長々となってしまい、スマートさに欠けるかと残念ですね。




[ 2013/07/11 02:10 ] その他 | TB(0) | CM(0)

平々凡々と。


昨日はそれほどでもなかったのに、今日の暑さは凄かったですね。外出したときに車に乗って、車中のあまりの暑さにコンビニでアイスを買って食べました。美味しい。アイスを食べただけであんなに熱気が冷めるなんて、人体は単純なんでしょうか。

先週は疲れを抜くためだけに使ってしまった感じの日曜日でしたが、今日はかなりいろんなことをできました。暑さも、暑いには暑いけれど、梅雨特有の湿度の高い暑さではなく、ただ純粋に「暑い!」というものだったので、不快というものでもなかった。ジョギングをしてからシャワーを浴び、洗車をして、行きつけの文房具店がある駅まで。移動中、前を走っていた選挙カーが延々と候補者の名前を叫んでいました。車の後方部分が小さなバルコニーようになっていて、そこに二人の女性が立っていたんですね。一人はマイクを持っていて、候補者の名前を連呼。もう一人は少しずつ向きを変えながら手を振り続けていました。最初、ただうるさいなとしか思わなかったけど、あんな風に名前を連呼するのも、一種の刷り込みとして効果はあるのかもしれないですね。マイクを握って懸命に仕事をこなしているお姉さんを見ながら、頑張ってるなぁとは思いましたし。

文房具店で万年筆のインクを買い、その店の店員さんと万年筆談義をしばし楽しむ。インクの他に、贈り物にする万年筆を一本買いまして、丁寧に扱い方を説明してくれて助かりました。もちろん、わたくしの知識として贈る相手に講釈を垂れるわけですね。まぁ事実ではあるな。

最近、なにかを人に贈ることがあると、必ずと言っていいくらい万年筆を選んでしまう。プレゼントする、目の前で開封する、ちょっと借りる、のが楽しいためか。数千円から数万円まで、贈る相手によって失礼やプレッシャーにならないような金額を選べるのも便利です。実用的かと言われれば、正直自信はない。おとなしくボールペンを贈った方が使い道としては幅広いかなとも思う。でもまぁ、記憶には残るだろう。

大方のだんせいと同じように、僕は記念日とかを上手に祝うのが苦手で、そういうイベントを過ごすのに適切な教科書が欲しいくらい。でも、なにかちょっとした機会に贈り物をすることは好きで、万年筆のように片寄った商品選択ではあるものの、プレゼントを選ぶために買い物をすることは楽しいです。

例によって万年筆売り場に隣接している書店で本も買う。あれ、これじゃ先週とあんまり変わらないな。

あとは友達と電話をしたり、のんびりと読書をしたり、字を書いていただけか。それにしても満足感はある。良い日曜日だったなと思われます。

本は3冊買い、そのうちの1冊をさっき読み終えて、これからもう1冊読んでみるかというところ。僕は、読み始めると最後まで読みきってしまいたくなるので、今夜も寝るのは遅くなりそうだな。
[ 2013/07/08 01:12 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(4)

淫らな時を作りましょう。


おかしなことを頼むようですが、そうできる環境であれば、女性の方は四つん這いになって読んでもらえると助かります。詳しくは後述するように、足が痺れてるみたいでして。


起きてからずっと、つま先が痺れている感覚に付きまとわれています。本当はどうなのかわからないけど、血流が鈍くなっているような、その部分だけ体温が低く、冷たくなっているような。つまり疲労が足に出ているんでしょうね。
なので、帰宅したらソファに腰かけて、あなたを四つん這いにして、背中に両足を置いてゴロゴロさせたい。7月だし、当然全裸ですね。僕の足で背中をゴロゴロされるんだから、それは嬉しいでしょう。

嬉しくていいんだよと安心させるから、大丈夫です。


楽しそうだから、僕が帰るまでの間に、ローターやバイブを使って何度も寸止めのオナニーをしておいてもらおう。もうだめ、我慢できないというときにドアを開け、疲れたからそこにいてと四つん這いを命じる。遊んでいた玩具は中に入れたまま、スイッチは切って。戯れにオンとオフを楽しみたいから、リモコンローターがいいですかね。

足を乗せてゴロゴロして、寸前で我慢した快感を煽られているような宥められているような。

疲労が溜まっているとき、足先は腰よりも少し高い位置に置く方が良いから、あなたが快感に負け、手を崩して背中を崩せば、僕の足が疲れてしまう。こちらに悪気はないのだけれど、きっと僕は溜息をついてしまいます。声をかけるかもしれない。
あなたは頑張ろうと手を伸ばし、気まぐれなオンに遊ばれて震え、垂れ流れている愛液が絨毯に染みを作る頃には、さすがに両手も痺れてくるかもしれませんね。あなたの両手が痺れるほどに、僕の両足は休めているから、つま先の痺れが改善されていく。書いているだけなのに、とても感謝してしまいます。ありがとう。

痺れて崩れ落ちるのが先か、刺激や言葉に高ぶってイクのが先か。
どちらでもかまわないです。
崩れ落ちたら僕は立ち上がり、ぐいっとあなたの腰を抱えて引き寄せ、平手でお尻を叩きます。それでイクでしょう。崩れ落ちてからイクか、イッて崩れ落ちるかの二択なので、僕はどちらでもかまわないです。もちろん、そうなる前に僕の疲れが抜け、もっとあなたで遊びたくなる可能性もありますね。足の疲れがどうというより、仕事明けの心地良い睡眠欲に負け、足を投げ出したままで眠ってしまうこともあり得る。寝息が聞こえてきたら、慎重に動いて僕の足から抜け出して、そのあと僕のどこかに触れたまま好きにしてください。自慰でも奉仕でも。



なにがなんだか、たまにはなにかに酔って倒れて、淫らな自分で良いと思います。

ふと思ったのですが、「淫ら」とは基本的には女性を形容する言葉なんでしょうか。「淫らな男性」だと、どうもしっくりこないような。


[ 2013/07/05 00:13 ] SM and Sex | TB(0) | CM(4)

言葉がなければ簡単なのに。


『人を疑うことをいつ覚えたのか定かではないけれど、気がつけばそれは、日常の中で幾度も繰り返し行われる当たり前のことになっていて、信じられることと疑えることを比べてみれば、いまではすっかり、疑えることの方が多くなってしまっている。そもそも、信じるとはどういうことだろう。

信じるとは、信じる対象がなんであるかを理解しているときにできることであり、たとえば「蜜柑とはなんであるか」をきちんと知っているからこそ、これは蜜柑であると信じることができる。それが物であれば、その物の定義は人によって様々な解釈を加えることが可能ではあるものの、ある程度は一般化して考えることが可能で、それに照らし合わせて信じることもできる。一般化していないことを信じることは、だから難しい。

SM とはなんであるかという話は、SM に惹かれている人の間では常に投げ掛けられる疑問であり、その疑問の数だけ答えが存在する、一般化されていない命題である。自分にとって SM とはなにかを考えるとき、これだとしっくり来る言葉を即答できる人がどれだけいるだろう。もしも「自分に必要なもの」と答えるならば、SM と空気との違いはなんだというのか。

そんな風にねちねちと追求していっても、いま得られるものはたかがしれているので、一般化されていない事象のなんたるかという話はまたいずれの機会に回しておくことにする。思うのは、人を信じるということについてであるから。

人の心理を一般化していくことは、不可能であると思う。ある場面において、人がどんな心理になりどんな行動をとるのかは十人十色で当然であるし、よく似たものの考え方をするという二人であっても、24時間も経たないうちに、その差異はいくつも見つけられるだろう。改めて言うまでもなく、人の気持ちを一般化することはできない。

つまり、人の気持ちを信じることは難しい。』

『心は弱いものなので、自分のことをわかってくれる相手を求め、その理解者に自分を好きでいてもらいたい。理解された上で好きだと思われて、自分を肯定してもらいたくなる。そういう相手を自分も好きであるとき、その二人は幸福だと思う。が、そうなれば次に、いつまでもそうでいて欲しいという気持ちが芽生え、変わらないものは何もないから、相手の気持ちが変わることへの不安が付きまとってくる。これは悪戯に意地の悪いセリフではなく、確かな真実として、変わらないものなどなにもない。いや、もう少し正確に言おうとするのであれば、「変わる可能性がないものなどなにもない」。すべての事象に変化する可能性がある。ひとつだけ、変化する可能性がないものがあるが、それは少し後に言うことにして、もう一度結論を言えば、すべての事象に変化する可能性がある。結果として「私」がそれを見ている間に変化しない物事があったとしても、それもいつかは変化するのだろうと想像することは無謀ではない。彼が貴女を愛したという事実は変わらないかもしれないが、彼が貴女を愛しているという事実は変わっていくかもしれない。夢も希望も可愛げもない主張で申し訳ないとは思うし、自分で自分がイヤになるときもある。でも知っておくべきだとも思う。世の中は無常であり、変わらない唯一のものは「世の中は無常である」という事実だけである。ただ、途中で触れたように、結果として変わらなかったものならばいくらでもある。そうなりたいと願うことも無謀ではない。』

信じていいのかと自問自答しているうちはもちろん、信じようと言い聞かせているときでも、それはそういう言葉にすり替えながら、どこか疑っているのだとも言えます。 信じているのなら、信じようとは思わないはずですから。でも、疑うことを恥じる必要はなくて、疑うことと信じることは表裏一体の同一のことである、とも言えると思うのです。信じているだけでもダメだし、疑ってばかりでもダメ。信じて疑って、その繰り返しで築いていけるものを大切にしていくことが、いつまでも変わらない二人でいるために不可欠なことなのでしょう。繰り返しを放棄して、ただ信じようと思うのは、僕は好みません。うらやむべき信頼関係というのは、新興宗教の教祖と信者のようなものではなく、信じていることも疑っていることも包み隠さずぶつけ合い、確かめ合える距離感の中にあると思います。

そのままいつか「あなたで良かった」と言われて死にたい。


と言いつつ、ちっとも死にたくないし、盲目かつ従順な僕のM女に好きなことを好きなだけして気持ちよくなりたい欲求もある。道はまだまだ長そうで、僕もいまだにお若いからちょうどいいとしておこう。歩けばいいんだろ。






[ 2013/07/04 05:32 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(0)

更新維持


日曜日に久しぶりの休日を、思う存分だらだらと過ごしてしまいました。それだけだらだらしておいて、良い休息になったかといえばそうでもない。「疲れている」ということを確認するくらいで終わった気がします。何冊か読めずに溜まっていた本を読めたので、その点は満足していますが、21日間の出勤に対して休みが1日では、なんか色々と追いついてこない。また忙しくなる前に、ちょっと調整して連休を作っておこうかな。

そういうわけで、火曜日の夜も終えたいまとなっても、なかなかブログ更新に挑めませんでした。でも相変わらず、飄々と暮らしておりますので、心配ご無用です。

とても眠いので。おやすみなさい。

[ 2013/07/03 02:56 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(0)