ごめん。ちょっと付き合ってくれ。


たまに覗きに行く S 男性のサイトで、信じられないほど不愉快な文章を読みました。

これまでも、「うん?」と思う文章が散見していたのですが、SM という嗜好に惹かれた人が多く集まる場所だったので、掲示板を覗きに行ったりしていました。そしてさっき、その文章を読んで一気に失望し、はっきり言って嫌いになりました。僕は滅多なことでは人を「嫌い」とまでは思えないので、なんの抵抗もなくそう思うということは、かなり嫌いなんだろうな。むかつく。

ここでそのサイト名を明かし、僕が気に入らないと思った記事のありかを晒したいとすら思います。他の人はどう思うのかも聞いてみたいし。ただ、その人の人格についてどうこう言えるほど親しい知人というわけでもなく、ほとんど赤の他人だし、その記事だけでその人のすべてを判断するのも間違っている気もする。第一、「僕は嫌い」なだけであって、正しいか間違っているかはわかりません。ブログ上でわざわざ、「こういう奴は嫌い!」と特定個人を名指しで叫ぶのも、何か違うかなとも思います。だからこらえる、というかしないけどさ。

それでも、非常に不愉快であり、納得がいかず、そういう S 男性のそういう一面を知らずに「○○様」とか呼んでる人がいるのかと思えば、目を覚ませと言ってやりたくなる。

僕自身、人間的な弱さはいくらでも抱えていて、人から見て「ひどい」と思われることをいくつもしてきていると思います。ですがいまは、開き直ってしまいますね。橋本市長の発言なんか問題にならない、本当に不愉快な内容でした。あまりにも不愉快すぎて、「さすがにこれはなにかの間違いでは?」と何度か読み直してみても、やはりそこに書いてあることに変わりはなく。

彼の考え方を理解できるか、できないかでいうなら、理解はできるんですよ。理解したくないだけで。そんな考え方もあるんだと理解はできる。そして、僕はそういう考え方をする人間のことが嫌い、ということですね。文章ですから、僕の読み方や解釈に誤解があるのかもしれない。そんな風にも考えましたが、どうもそうではない。なんだろうか、この苛々する気持ちは。反吐が出るってやつですか。

記事はいくつかあり、まるでジョークであるかのような締め括り方になっています。でも、ジョークとして書いているのか、本人が本気でそう書いているのか、読んでみてもよくわからない。僕の読み込みが足りないのか。しかし、僕も普通に文章を読むことくらいできるし、そういう普通以上の読解力や理解力を求めるジョークって、ジョークとは言わない。というか、最初のあれはジョークではないと思う。

あぁ、それを確かめようかと、もう一度読んでしまった。僕は御人好しなのか。腹が立つな。怒りというか、気持ち悪い。たとえ僕が少数派だとしても、どうにも気持ち悪い。話題としては少しも共通していないのですが、何年か前に話題になった「段ボール肉まん」のニュースを見たときのような気持ち悪さが残っています。

ちっぽけな人間なもので、名指しはしないと言いつつも、この気持ち悪さに納得がいかず、「それはゆーりさんの言うとおり、そいつ気持ち悪いね」と共感を得たい自分もいます。面と向かって罵詈雑言を浴びせかけたい自分もいます。うわーなんとかしてくれー!後でごめんってあやまって感謝するし抱きしめるから、誰か僕に殴られてくれ。

僕は、「こういう男は本物の S 男性ではない」という趣旨のことを、男性が言うことに違和感を覚えます。だから自分では、そう思うことはあっても言わないようにしています。

あの男は「いい男」ではない。もちろん「いい S 男性」でもない。と僕は思いました。


忘れよう。
忘れないが。気持ちを切り替えよう。
嫌いな男に憤っているヒマがあったら、楽しいことはできないまでも、せめて走ってこよう。



問題のサイトの管理人がここに来てこれを読むことは、まず考えられないです。
それからそのサイトは、僕のサイトやブログからは一切リンクされていません。

[ 2013/06/30 01:59 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(4)

I am a …


明日は3週間ぶりに丸一日の休日です。
よく頑張ったと、さあ、遠慮なく褒めてくれ。

いつも言うように僕の仕事は、肉体的にそれほどキツイものではありません。精神的にも、仕事である以上多少のストレスは感じますけど、出勤するのがイヤだなと苦痛になるほどのものはない。だから恵まれているんだろうと思っているわけですが、単純に「休日」というものがないだけで、目に見えない疲労が体内に確実に蓄積されていくものですね。ここ数日は、眠るときに手や足の先が軽く痺れているような、「あぁ、疲れているんだな」と実感する状態にもなりました。温泉とサウナに入りたい。

休日と同時に、6月の最終日でもありますね。
6月という月は、他の月に比べるとイベントが少ないような気がしますが、どうなんでしょう。

1月はお正月、成人式、その他新年に関係する各種行事がてんこもり、それと僕の誕生日ね。
2月は節分、バレンタインディがあるし、ごく個人的なことですけど、僕が親しい人の誕生日はなぜか2月に密集しています。2月の10代の日付なんて、毎日が誰かの誕生日ですから。
3月は、年度末でもあり、通常月とは違った出来事も起こりやすい。ホワイトディもあるか。
4月、今度は年度開始なので、新しい人との出会いがあったり、通勤風景も微妙に変化したりする。やるかやらないかに関係なく、花見という行事もありますね。エイプリルフールも。

5月は、ゴールデンウィークか。それでばっちり。たしかバレンタインより八十八夜ということで、メイストームディという日があるんですよね。恋人が別れを切り出すのに最も適した日。なぜそんな日を作ったのか。でも、メイストームディという響きはとても好きです。

なんのために年間行事を総点検しているのか、自分でもよくわからなくなってきた。ここでやめるのは半端なので最後まで続けるか。

6月は置いといて。

7月はまぁ、8月イブってものですよ。後半には学生や生徒が夏休みに入りますし。子供が夏休みになると、それはそれで通勤風景に変化も見られたりします。
8月は夏休み。まったく関係ないって人もいるんでしょうが、大多数の人はなんらかの形で夏期休暇というものを取っていると思います。引き続き学校は休みなので、風景の変化も維持と。

9月は、えーと、なんかあるかな。何年か前にシルバーウィークって、あれは9月でしたっけ?とにかく、夏期休暇の充電を経て、9月ってちょっと浮ついた気分のままで乗り切れちゃう印象が。もはやこれ、僕個人の月雑感になってきているな。

10月いこうか。
体育の日があるよ。やばい、それくらいかもしれない。個人的には10月というのも、仕事の上で重要だったりするのですが、世間一般での10月は、あまり個性がないんでしょうか。なんとなく月が二桁に乗ったことで、年末の匂いも薄く意識しはじめるかな。

11月。ないな。文化の日と勤労感謝の日があるけど。まぁここも12月イブだな。

12月は当然クリスマス、大晦日。クリスマスの何日か前から、ほぼ毎日がなんらかの特別な日になる可能性が。

で、置いといた6月を考えてみると、特に何も思いつかないんですよね。ごく個人的には誕生日とかありますけど、イベントというと、なにかあるでしょうか。祝祭日もないし。6月の花嫁があるか。ジューンブライド。それってイベントになるのかな。ジューンブライドをもっと一般的にする戦略があればいいのに。もともと日本では企業戦略から広まった言葉だというし、大々的にアピールして、6月といえばジューンブライドみたいにできないものか。

などと考え始めて、本当にいったいなんのためにこんなことを考えているのかと思ってきました。「今年の6月は長く、タフな一か月でした」と言いたかっただけなんですよね。こんな風に疲れて、でも振り返って満足できる一か月も久しぶりなので、なにか記念日ではなくても、来年以降は「6月は素敵」ということで固定観念を持っていこう。

念のために「6月・行事」でグーグル検索したら、父の日がありました。関係ないけど、いま「ちちのひ」を変換したら「乳の日」と出た。普段なにを書いているのか。乳の日、何が起こるかわからない危ない日だな。思春期の少年少女なんか、そういう名前の日というだけで興奮してしまいそう。乳の日に生まれた子なんて大変だ。

あと、時の記念日というのも6月。夏至も6月。衣替えも一般的には6月と。


明日が休みで気が抜けているとしか思えない、何か媒介にアップする必要などまったくない日記になってしまいました。

せっかく読んでくれた人がいるのなら、ちょっとは「読んで得した感」を持ってほしい。

察している人や知っている人にはなんでもない話ですが、僕の仕事、なにかの先生です。




[ 2013/06/29 22:57 ] その他 | TB(0) | CM(5)

弱ると人は信じたくなる

パートナーがいない状態の S や M というのは、原則としてどこかで弱っていて、助けを求めているようなところがあります。人が一人で生きていけるのは、ロビンソン・クルーソーのように無人島に一人でいるときだけで、普通、社会の中で生きていこうとするなら、他者とのかかわりは絶対に必要です。悲しいことに、他者との関わりは確実にストレスをもたらします。どれほどに気心の知れた友人同士であっても、長期間の旅行に二人で行くと、友情が壊れたなんて話をよく聞きますね。自分と同一の人間はいませんから、差を埋めるためにどちらか、あるいは両方が努力をしなくてはいけない。努力をすること自体がストレスにならないケースもあるでしょうけど、それ以前に、「自分と違う」相手と居続けることだけでも、ストレスは発生してしまうのです。弱いんでね、人間。

自分と違うということはどうしようもないことでも、それに対する意識の仕方は、自分の気持ちひとつで変えていくこともできて、違いは違いと受け止めつつ、それでも自分をさらけ出せる相手というのを求めます。あれこれ我慢をしないで自分を出していける時間は貴重で、溜まったストレスを浄化できる大切なものになるでしょう。長年の友人同士が旅をして関係が悪化する話を引き合いに出しましたが、それはやっぱり、二人が友人だからであり、友人という関係では出しきれない何かを、ほとんどの人は持っているからです。友人関係には友人関係の良さがあるのはわかりますが、それだけで全部を浄化できるほどさっぱりと生きている人も、少ないのでしょう。

だから恋人は欲しいし、良い相手と寄り添いたい。その相手の前では本当に自分らしくいられる、そういう相手が必要で、いないとどこかで無理をすることになるから、必ず淋しい気持ちはやってくる。稀に、淋しさを知ることなく一生を終える人もいるんでしょうけど、それがハッピーだと思うのは悲しいことだなと思います。

求めるパートナーが得られず、どこかで無理をしているとき、人は弱っているので、その状態を抜け出したい気持ちが絶対に芽生えてきます。自分では意識できないことも多いですが、ちょっとした出会いや出来事を、運命的なものだと思いたがる。自分にとって心地よい言葉を本当だと思いたくて、反復して自己暗示に近いような状態になりがちです。キタナイ話ですが、失恋したばかりの人を自分のものにしようとすれば、やりようによってどうとでもなる気がするんですよね。(もちろん、例外が存在することもわかってはいます)

S でも M でも、良いパートナーに恵まれていない状態というのは、同じように何かを信じたくなってきます。単に恋人がいないという状態と、SM のパートナーがいないという状態は、実は何も変わらないと思うのですが、不思議なもので、SM のパートナーがいないことの方が、より難しい状態のように感じてしまう。誤解を恐れずにいうなら、「そういう状態だと思いたがる」傾向もありますかね。僕が知る限り、SM に興味を持つ人たちは、一般よりも自意識過剰な傾向が強く、少しの不幸よりも不幸の極みに身を置きたがる傾向があります。僕なんかそうですし。だから、恋人がいないということよりも、SM における理解者がいないということを、より苦しい状態だと考えたがる。そして、そのぶんだけ強く、相手を求めたがる。「自分には S (M) が必要である」と、そういう意識は強くなり、婚活をしている妙齢の男女よりもさらに貪欲に逼迫して相手を欲するようになります。

そういうとき、少しでもいいなと思う相手が見つかると、「この人はもしかして…?」と思いたくなるし、「この人なら…」と思いたくなってきますね。それで良い出会いを得られることだってあるでしょうけど、水が低きに流れるように相手を選ぶと、後悔することも多いでしょう。

だから、できるだけ楽観的に考えていきましょう。S であれ M であれ、そういう性癖の相手を見つけることは簡単だと。見つけようと思えば、一生懸命に探せば、見つかりますよそれは。怖いのは、弱ったままで流れて、お手軽に運命を見つけようとすることです。「急いては事をし損じる」と言いますよね。仮にあなたが SM の愛好者で、理想とするパートナーがいないとする。欲する気持ちは当然ですが、それは恋人がいない人もみんな、同じように感じる気持ちです。「ご主人様がいないとダメだ」と思わないこと、「M がいないとダメだ」と思わないこと。いた方がいいけれど、いまいないからといって、それでいまのあなたがダメだということにはならない。

弱った獲物を狙って目を光らせているハンターは腐るほどいます。
自分が弱っていないときは、なぜそんな奴らにハントされるのかと不思議に思うことでしょう。でも、オレオレ詐欺だっていまだに機能していることを考えれば、人の脆さも知っておくべきです。本当にその相手を求めているのかを、よく考えて踏み出すべきなんでしょうね。

弱ってもいいし、求めてもいい。焦るなというのが今日の主旨になりますか。


それでもどうしても「飛んで火に入る夏の虫」になりたいのなら、他より優しくしますのでわたくしのところへどうぞ。M の女性限定ですが。

いや、別に M じゃなくてもいいか。
僕は S だから。




[ 2013/06/28 23:25 ] SM and Sex | TB(0) | CM(4)

もっとワガママにストイックになってしまおう


何を隠そう、僕は現ヤンキースのイチロー選手が大好きで、日本でプレーした頃から応援してます。

ここ数年、成績だけをとれば全盛期は過ぎ去ったと言わざるを得ない物足りないものとなっていますが、マリナーズからヤンキースに移籍して以降の復調気配には、モチベーションというものの大切さを思い知ります。

今朝は、そのイチローがサヨナラホームランを打ったというニュースを読み、それ以後の一日がとても気分良いものとなりました。その人が頑張る・結果を出す・何か凄いことをやってのける、そういうことでそれを見ている人にもパワーを与えることができる。いいですね。

イチローのストイックな姿勢は、多くの人が憧れ、尊敬するものだと思います。どの世界にも共通して、プロとしてある程度の長期に渡って結果を残す人というのは、どの人も似たストイックな姿勢を持っていると思います。目の前の、取り組むべき事柄に対するストイックさですね。あまりに極端であると、社会性が欠如した変人のように扱われることもしばしばで、それでも僕は、格好いいなと感じます。先日亡くなった俳優の三國連太郎さんは、役作りのために自ら前歯を何本も抜いたということですが、それを真似しようとは思わないし、したいとも思わない。でも凄いなとは思うし、それくらいに自分を懸けられる何かが欲しいなとも思います。

人それぞれ、何かに懸けているのでしょう。
それは、家族を守ることであったり、仕事で結果を出すことであったり、自分が満足できる何かを生み出す・作り出すことであったり。そういうものがなく、惰性で暮らしていくのはもったいないし、退屈だと思う。もっとも、自分では「懸けている」という意識は持っていないことも多いと思います。夫として妻として、父として母として家庭を守るというときに、それを命懸けでやっているんだと普段から意識している人なんて稀でしょうから。意識していなくても、僕らは何かに懸けて生きているんだと思うのです。

懸けるものはひとつじゃなくてもいいわけで、欲張って色々なものにチャレンジをしたい。
ストイックであることと強欲であることは、別に共存させられないことではなく、どちらも目指したままで進めるものだと思います。

やりたいと思うことのひとつひとつを、「やっぱりやりたいな」と再確認する一か月でした。全部やりたい全部ほしい。歳を重ねるごとに時間の進みがどんどん速くなっていく気がする中で、6月を振り返ってみると、とても長く感じた。まだあと数日残っているし、もっと長くなるかもしれませんね。

楽しみです。








[ 2013/06/27 00:46 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(3)

love letter .


自分は知っていて、相手にそれを教えたくて、でもうまく伝えられない。
そのもどかしさはちょっと言葉にできないくらい。
伝えるには触れるしかないと思ったり、そういう傲慢は公平ではないと戒めたり、やっぱり知っているから教えたいと、どこかに突破口を見つけないといつまでも繰り返しになる。自分の知っていることが、仮に確かなことであっても、それだけが正しいということはありえないから、何かを教えることは卑怯なことなんじゃないかと心配したりもする。僕は神様ではないので、卑怯でも我儘でも勝手でも、別にいいんじゃないかと開き直る。そのくせ、僕はあなたの神様になりたくて。

「いいか、お前はこうなんだ」

そういう台詞は、どう転ぶかわからない危うさを秘めている。
誰もがそんな風に言われることを望んでいる。
けれど、言ってくれる相手は選びたい。じゃないと素直に聞けないから。
あなたが僕を選んでくれたとき、そう言って安心させられる器量が欲しい。
僕があなたを選んだときに、僕がナニかを教えて欲しい。

あなたがいると知っているけど、あなたが誰かわからないから、僕は明日もあなたを探す。
できれば、あなたに逢ったとき、それがあなたと気づけるように、そのためにもっと僕は僕を探す。

脱いで見せて、舐めて整えて。

互いに互いを伝え合いましょう。


忙しかった仕事も、今日を境に少し落ち着きます。
またすぐに繁忙期はやってくるけど、それまでの束の間、これまでが忙しかったぶん、気持ちにゆとりができそうで嬉しい。

何事にもタイミングは重要だなと実感しました。

人との出会いについて考えてみても、タイミングは絶対必要な条件のひとつです。
さらにいえば、そういうタイミングをものにしていくだけの強固な意志が大切で、待っていてもやって来ないなら、自分で作り出すくらいの強引さも欲しい。これは仕事の方で感じたことなんですけどね。


まぁとにかく今日は、久しぶりに明日の仕事の段取りから頭を切り離して、良い夢を見るために眠るとするか。



[ 2013/06/26 03:02 ] その他 | TB(0) | CM(8)

タイトルが思いつかない、平和な日記


実は昨日の夜、一度ブログを更新したのですが、今日になって読み返してみたら、あまりにもお恥ずかしい内容だったので削除してしまいました。読んだ方がもしいたら、できるだけ速やかに忘れていただけると嬉しいです。

いまの私生活の雰囲気が、どこか間違っていてその違和感の正体が掴めず、それなのに必ずうまくいくという確信がある。そういった内容を異様に長く書いたものでした。なにがどう間違っていて、なにがどううまくいくのか、それさえもよくわからない不思議な感覚。もう少しまとまったら書き直そう。

残っている前回の更新で触れたように、3週間連続出勤の真っ最中です。今週の日曜日は休みにできるので、指折り楽しみにしております。変わり映えの無い休日の過ごし方をしそうだけど、とにかく手足の伸ばせる大きなお風呂に入ってこよう。あとは気分で、好きなように動く。

仕事に忙殺されプライベートが極少になっている中で、最近ハマっているのが喫茶店でコーヒーを飲むこと。出勤するとき、30分から1時間程度早く家を出て、通勤途中の喫茶店でコーヒーを飲む。今まで意識したことがなかったけど、世の中には喫茶店というものがたくさんありますね。特定の店ではなく、いまのところ日替わりで足を運ぶ。いくつか回ってみて、しっくりくる店があればそこを行きつけにしよう。

味の良し悪しがわかるほどコーヒー通ではありません。
でもコーヒーは好きで、一日に何杯かは飲んでます。味もさることながら香りが良い。普通、眠気覚ましに効果がありそうなコーヒーだけど、あの良い香りを楽しんだまま昼寝をしたくもなってくる。

いつものルーティンにちょっとした変化をつけただけで、気の持ちようもずいぶん変わってくる。喫茶店ではなく、何かほかのことでも良いのでしょう。もうひとつ狙っているのは、暑くなってきたし、プールに通ってみること。出勤前にひと泳ぎ。なんだかそれだけで優雅な雰囲気。それに僕は、泳ぐことが好きです。

書いているうちに、単純にやる気が漲ってきたぞ。
明日は午前中、泳いでこよう。

[ 2013/06/25 15:06 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(0)

「 I want the one thing 」


抱きしめてくれ
夜の間はみな忘れよう~♪


現在、3週間連続出勤のど真ん中です。疲労がピークを迎えている感じで、そういうときは思考力が異様に低下していきます。

思考力自体が低下というよりも、思考したことを表に出すための能力が低下するというか。でも、まとまった気持ちを独白していくには、これくらいに疲れている方が端的で適切な表現ができる気もします。

まとまっていない気持ちをまとめようとすると、次々と思うことが浮かんではくるものの、それを筋の通った言葉にできない。しかし人は、なぜ自分のことはよくわからないんでしょうか。切ないなぁ。

次の休みまで、まだ10日以上あるのか…
ここ数年で「休日」というもののありがたみを実感してばかりです。
以前、その当時で40歳くらいだった同僚が、当時22歳くらいだった新入社員に向かって「きみくらいの年齢で週休1日はきついと思う。僕や○○くんの年齢になると、それも我慢できるようになる」といった主旨のことを言ってました。○○くんというのは僕で、33歳くらいだったかな。

「~くらいになれば我慢できるようになる」と言っていただき恐縮ですが、あんまり我慢できないんですよね。週に3日4日休んでもいいくらい。仕事に恵まれているとつい先日書いておきながら、やっぱり休みは休みで恋しいのです。

おそらく、その同僚の言葉の奥には、それくらいの年齢になると、築いてきたものや背負っているものがあって、そのために働くことを頑張れる、というような意志が含まれている気がします。肉体的な疲労でいえば、どう考えたって20代の方が少ないはずだし。

そうなると、築いてない・背負ってない、しかも歳だけ重ねていくなんてことになったら、働くことに虚しさを感じてしまいそうです。いや、実際感じるだろうな。生涯孤高で自分の仕事を頑張り抜いて名を成した人だって、探せばいくらでもいるんでしょうけど、分母が70億だから、割合的にはごく僅か。大多数の人は、築いて背負って、それを励みに転換して頑張る。それも素晴らしいことだと、気がついたのはつい最近です。

相反するいくつかの側面で構成されている自分自身の全体像を、映して眺めることができる鏡が欲しい。
そんなものはないか。


「I want the one thing
 抱きしめてくれ 夜の間はみな忘れよう
 出て来い街一番の女よ
 じっくり楽しもう~♪」

B'z の WILD ROAD という曲。
「出て来い街一番の女よ」のところ、「出て来い」「街一番の女よ」と言っているのはわかっているのに、なぜか聴くたびに「来い」と「街」が繋がって「恋街」という字面が思い浮かんでしまう。「恋街、一番の女」なんだかセクシーな匂いを隠しきれない。しかも「出て来い」の意味は頭の中に残っていて、「出て来い、恋街一番の女よ」というフレーズのように感じてしまう。

恋街一番の女に出て来いと言える自分、いいな。

体験依頼を消してから、ますますおバカさんな自分がブログ上に露出していきそうで恐ろしい今日この頃です。






[ 2013/06/21 01:50 ] その他 | TB(0) | CM(5)

「濡れた身体を撫でてくれ」のパラドックス


仕事が終わる時間に合わせたかのように雨音が聞こえ始め、空気に雨の甘い香りが入り混じってきました。空梅雨と言われ、水不足が危惧されている中で、しとやかに響く水の落下音は、疲れた肩をトントンと心地よく叩かれているようなリズムを思わせ、まずは穏やかな気持ちを誘います。

穏やかであることを自覚するとき、不意に内から発散させたい衝動があり、そんな気持ちが危ういと感じたり、息苦しかったり、それでも微かに愛しかったり。言葉の無力はいつでも実感できますね。


降る雨に両手を広げ、傘も差さずにその場で濡れてしまいたくなるときが、誰にでもあると思います。そういうときの雨は、強ければ強いほどよく、衣服を瞬時に浸透して素肌を包み、全身が喉になったようにゴクン・ゴクンと、ドクンと息づいて生命を感じます。生きたいと思うときも死にたいと思うときも、生きている。本当はみんな同じだけど、そう知ることは難しいし、知れば知ったでつまらなくもある。そんなエゴまで誰でも同じなんでしょうか。


大気圏内を含めて、地球上に存在する水の量というのは、地球誕生以来の永い年月の中でほとんど変化がないそうです。つまり、同じ水が何度も何度も何度も、地球の中を循環しているということです。

ということは、いま窓の外に見える雨粒も、前は誰かの涙であり、唾液であり、尿であり、血であり、身体だったんだろうと。気持ちがどこに宿るものなのか、専門的なことは知りませんけど、身体にも宿るとは思うから、雨も誰かの気持ちだったのだろうと。これからもまた、そうして循環を繰り返すのでしょう。人だけではなく、生命あるものの営みを味わい尽くしてまだ留まることなく、さらに濃密になっていくのでしょう。


雨は水の循環をこの上なくわかりやすく伝えてくれるシグナルであり、その雨粒に飛び込みたい気持ちは、一体化したい純粋な欲求なのかもしれません。ないものねだりというよりも、滑稽な欲求。望む望まないに関わらず、僕らはひとつのものでしょうから。


いまからちょっと濡れて参ります。
あなたの涙に。



[ 2013/06/20 00:16 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(4)

「理想言っててもオトコできないとぼやいて」


隣りの子が、人の足に手を乗せんだ~♪


体験依頼を休止した理由について、前回よりさらに少し踏み込んで説明してみます。

とはいえ、僕自身が「そんな気がする」くらいの感覚でしたことなので、自分でもはっきりとした理由を掴みきれないのですが。

まず思うのは、体験依頼を通じて知り合っていると、相手は初めから「体験させてもらう」立場であり、僕は「体験させてあげる」立場になってしまうということです。サイトを通じて体験依頼をしてくれるわけですから、サイトやブログなどである程度は僕のことを知っているんだとは思いますが、以前に書いたように、ここに書かれている僕は、僕自身の一部であり、すべてではありません。

仕事が忙しくなってくると「どっかに100億円落ちてないかな」と妄想して絵に描いた餅の食べ方を真剣に考えたり、好きな人もいれば大嫌いな人もいたり、興味がない人に対して異様に冷たかったり、甘えさせ上手と同時に甘え上手であったり、「調教」とは無関係の束縛をしたり、信じなければ裏切られないと思っていたり、そういう情けない(と自分で思うところ)に関しては、ブログやサイトで似たようなことを書いたとしても、「まぁそうは言っても、こうして書いちゃうくらいだから余裕はあるんでしょ」と思われたりします。また、そう思われることを承知で書くのもいやらしい話で。

いまも、こうして書きながら、そんな一面を「可愛い」と思ってくれたり、書くことで「潔い」と思ってくれる人がいることを知っている。似たような自己嫌悪を感じる人は、けっこうたくさんいると思います。

そういう自分の不完全さというのが気に入らなくて、けれどそれはどうしようもないことだったり許容される範囲のことだったりというのもわかっていて、直そうと努力することはできるけど、直すことはできないんだと思っている。そんな自分が、誰かに「体験させてあげる」という立場から始まることに、違和感を覚えてきました。それほどにわたしは SM を知っていますか。それほどにわたしは大きな人間ですか、と。

自分の理想とする自分像があり、その姿といまの自分とかけ離れている。
いまの自分だけでなく、これまでの自分もかけ離れている。
「いま」の積み重ねが明日の自分になっていくということから、器用に目を逸らして、「いまの自分」のために良いこと、したいことばかりをしてきていると思うんですよね。それはきっと、自分のためにはなっていない。

その繰り返しでも、S として男として、社会人として人間として、体裁を取り繕ってそれなりのアイデンティティを保とうとすることはできるけど、それには同時に虚しさもつきまとう。

可愛い女の子、美しい M 女性、愉快な仲間たちと出会いたいなと思いますよ。
体験依頼を続けていれば、その機会が普通よりは多くなるとも思います。
でも、体験させてあげる側からスタートすると、つい相手に合わせてしまったりする。
相手の方も、させてもらう側だから、合わせてくれちゃったりする。
それだと、僕自身が何をしたいのかがわからなくなったり、僕自身が何者なのかが曖昧になってしまうなと思ってきました。

以前のブログで書いたイメージが、怠惰な僕の欲求に一番近いですかね。もっと能動的にいろんなことをしたい気持ちもありますが、味わってみたい瞬間としては。性欲も食欲も睡眠欲も、すべてが満たされた状態、そのときに「やりたいな」と思うことがなんなのかを知りたい。それが僕の人間性を表していく気がするし、自分を知っていくことに繋がりそうで。

だから、もっと研ぎ澄まされて、磨かれていきたい。磨いていかなくちゃいけないなとも思いました。

仕事には恵まれている方だと思います。
環境ややりがいといったことも含めて、恵まれてはいますね。
モテるかモテないかということなら、モテないということもないでしょう。
聞き上手だと言われるし、言葉をよく知っているとも言われるので、仲良くなりたければ仲良くなれます。

なのになんだか枯渇するのは、自分が本当にやりたいことが曖昧だからで、それを知るためには傍らに「うつくしい M 女性」が必要で、そのカノジョを叱り、甘やかし、縛り、愛撫して犯して、一緒にまどろんだり、泣かせたり困らせたり喜ばせたり、幸せにして、そんな風に「僕のことを甘えさせて」もらわないといけない。


なんだか非常に壮大なことを言ってしまったようで、いまが深夜ということもあり、仕事の疲労がピークに近いということも手伝って、久しぶりに、次の日に読み返したら恥ずかしいラブレターのようなものを書いている予感がします…

何日か経って、あまりに恥ずかしかったら消しますね、このエントリーは。


タイトルと冒頭、内容に無関係。久しぶりにYoutubeで見かけて、頭の中に反芻しているフレーズです。最近の僕は、この歌をご機嫌で歌いながら職場に入り、自分の机周りを掃除してから仕事を開始します。
SURFACE の「なあなあ」という曲の歌詞です。2コーラス目の出だしも好きです。




[ 2013/06/19 02:00 ] その他 | TB(0) | CM(5)

体験依頼休止についてなど


本サイトの方に、調教体験依頼のページがあって、そこから僕宛にフォームメールを送ることができます。

そこからメールをくれる人というのは、平均して月に2~3人くらいでしょうか。
もう少し多い月もあれば、まったく来ない月もあります。

それを通じてメールのやりとりをしたり、会うことになった人もいて、そういう人の中には今でも話をすることができる人もいるし、会おうと思えば会えるだろう人もいる。以前にブログで書いたように、サイトを続けていることの目的の一つには、多くの M 女性と知り合ってあれこれしたいという僕自身の欲求があったわけで、それが同時に、SM に興味はあるけど踏み出せずに悩んでいる女性への手助けにもなるのであれば、言うことなしだよねと思っていました。

色々と考えてみた結果、当分の間、体験依頼のメールを休止にすることにしました。

どうしてそうするのかという、明確な理由を言葉にできないのですが、自分自身の印象として「そうした方がいい」と語りかけてくるなにかがあるからです。根拠はないけど予感は当たる。それに従うことにしようかと。

多くの人と交流したい気持ちはありますし、僕へのメールは今まで通りにサイト内の mail リンクから送れるようにはしておきます。SM に関する相談でも、その他の雑談でも、気楽に送ってもらって大丈夫です。返事は無理ない範囲で、でも基本的には必ず送りますので。

SM というものに対する興味が失われたとか、誰か特定一人の相手ができたとか、そういうわけではないのに体験依頼を休止することに、軽い戸惑いというか、正直に言えば「もったいない」みたいな気持ちもあります。でも、自分が「カッコよく」「美しく」なっていくためには、そうするのが最善手って気がするんですよね。

他にも、サイト内の整理をしてみようかと。
もともと画像コンテンツは少ないですけど、僕が SM について何かを表現しようとするときに、画像そのものは必要ではないのかなとも思ってきました。まぁ、つい先日にサイトの壁紙モデルを募集しといてなんですが。あれはあれ、それはそれ。調教風景なんかの画像を男性サイドが載せるというのは、なんか違うかなという風にも思いました。

このブログやサイトには、ご自分でもブログなんかをやっている M 女性の方も多く来てくれていますが、そういう人がご主人様に写してもらった画像を載せたりっていうのは、とてもいいこと(というのも語弊があるかもしれませんけど、羨ましいこと?)だと思います。反対に S 側の男性が自ら画像を掲載することは、そこには間違いなくある種の下心が存在していて、自分の調教について感想を聞きたかったり、写真に刺激された別の女性からのアプローチが欲しかったり、まぁその手のなにがしですよね。自己顕示欲の表れです。

「そうじゃない、見てくれる人に楽しんで欲しい気持ちだけでやっているんだ」などと抜かす S 男性はさすがに信用できません。あぁ、例外的に、調教している M 女性の方から「あなたのサイトに載せてください」と言われることはあるかもしれない。まぁそれもたいていの場合は、そう言わせるように仕向けているともとれますが。

自己顕示欲や下心、それを持つ姿勢を否定するつもりはまったくなく、むしろ当然のことだと思います。とにかく S だろうと M だろうと堅物だろうとなんだろうが、男はスケベな生き物ですから。スケベじゃないと種の存続も危ぶまれますし。

で、僕に自己顕示欲や下心がなくなったのかといえば、それも当然そんなことはなく、溢れております。僕のそれらを満たすのに、画像を掲載することは不必要だなと思っただけで。また気が変われば載せるかもしれないです。

ということで、一度に全部を消すことは難しそうなんですけど、画像を消していこうと思います。さっき書いたように、壁紙画像はサイトのデザインの一環としてとらえているので、なにかしら残しますが、そうではない単なる調教風景のようなものは、気が変わらない限りは再掲載しないと思われます。似たような理由で、これまでに画像を投稿させていただいた他サイトへの投稿も控えていくことになるかと。

どうしても見たい人がいれば、個人的に連絡をいただければ相談には乗りますけど、なにも僕に言わなくても、どこにでもそういった画像は溢れていますかね。それでも見たいと思ってくれるのであれば、それはもう「エッチな画像」というよりも「僕の調教、人間性」を見たいということに繋がると思うので、それはそれで嬉しいです。

余分なものは削ぎ落として、研ぎ澄まされていきたい。
手のひらで頬に触れただけで、目で見るだけで、名前を呼ぶ声だけでも、イカせられるようになりたいと。自己顕示欲も下心も、なくなるどころかさらに強烈に増幅しています。なんだかネガティブな方での心境変化に捉えられそうな内容でしたが、ぜんぜんそんなことはなく、僕はとても元気でポジティブで「こんな俺様と知り合えるチャンスがある現代の女性は、みんなそれだけで幸せ者だよな」と思うくらいには正常な状態なのでご心配には及びません。

ついでに、体験依頼をやめるのも画像を消すのも、それは僕がそうしたいからそうするだけだってことも、改めて言っておきます。同様のコンテンツがある他の S 男性サイト様には、管理人の方々の SM 観やサービス精神があると思ってますし、敵意も悪意もなく、あるのは敬意や羨望ですので、その辺りもあしからず、お願いいたします。

ではでは。




[ 2013/06/17 01:21 ] SM and Sex | TB(0) | CM(4)

「たしかに俺が、いけないってことを今じゃ認めてるよ」

あの日の俺は、少しなぜだかどうかしてたんだ~♪


自分が悪いと認めることは簡単なのに、それを直そうとするとハードルが上がる。
より大切な事柄に対してこそ、ますます難しい。

難しくても直そうと頑張る方が立派だと思うけど、「それはできない、短所も個性」と開き直って、「だからヤサシクしておくれ」と叫んでしまうのが僕であり、時折、悲しかったり虚しかったりします。

自分にはできそうもないことばかり、人には要求しようとする。

察してよと甘え、放っておいてと閉ざし、絡みつけよと駄々をこねる。
言葉で表しているだけで、その本質は赤子と変わっていないんでしょう。

しかもその言葉も足りない。
表せないし戻れないから溜まる鬱憤のはけ口のように、倒れた先に M に居てと思う。

しっかり支えろよと偉そうに。


女性を縛ることの目的の一つに美があろうとも、縛るという行為が直接意味することは「そうして拘束する」ということであり、「ここに居て」ということで間違いはないんでしょうね。


弱さや怖さを知らなければ、その対象を越えていくこともできないんだろうから、知っていてよかった。


* タイトル及び冒頭の一文は「ひとりぼっちのハブラシ」からの引用です。




[ 2013/06/15 23:56 ] SM and Sex | TB(0) | CM(2)

パシャッ


昨日に引き続き、写真を撮られました。

心なしか、昨日よりは気分良く挑めた気がします。
いい意味での適当さというか、作り笑顔を用意するのに、それほど生真面目にその方法を考えなくてもいいんだとわかりました。こんなもんでいいんでしょ、ってなノリで笑顔を作ってみれば、後で確認してみると、自分の素に近い表情になっているような。もっと高度に、要求された表情を作ろうとすれば、そんな適当さではこなせないだろうけど、仕事で写真を撮られる機会なんてそう何度もあるわけでもないし、頑張れたなとは思うので満足です。

写されるだけではなく、写すほうもやりました。
一応それも仕事の一環なので、色々と気を遣ってやりましたが、難しいものですね。
本格的にカメラの勉強をするのも楽しそうだな。

でも、まだ字を書く練習も道半ばでして、ストイックに頑張らなくては。
僕は、一年のうち大半は、それほどやりたいこともなく平々凡々とルーティンをこなしています。それが気がつくと、いつの間にかやりたいことだらけになっていたりして、優先順位を決めかねて迷ってしまうことが多々あります。いまはそういう時期なんだろうか。

[ 2013/06/13 00:00 ] その他 | TB(0) | CM(2)

なぜ?


仕事上の必要性から、写真を撮ることになりまして、今日、何枚か撮影されました。

「下着姿を見せてごらん」などと M 女性に要求することもしょっちゅうの僕ですが、自分が写真に写るのは非常に苦手で、これまでに自分の写真というものをほとんど写したことがありません。だから手元にあるのもごく少数です。いまこのブログを読んでいる人の中で、何人が僕と面識があったり顔写真を見たことがあるのかわかりませんが、だいたい僕が送る自分の写真って、同じものだと思うんですよね。出し惜しんでいるわけではなく、本当にないんですよ。まぁ、だったら写して送れよってことなわけですが。

そういう僕なので、今日という日はとても憂鬱で、できれば誰か代わりの被写体が見つからないかと散々足掻きました。結果、見つからずに撮影と。

できあがった写真を見て、やっぱりイヤだなと実感。
写りが悪いとかそういうことではなく、写真の中の自分の表情がイヤです。
笑顔を写すのが特に苦手で、「笑って」と言われても、だったら笑わせてよと思ってしまう。
作り笑顔ができないみたいです。
写真をとられることは僕にとって楽しいことではないわけで、作り笑顔ができず、楽しくもない状況で笑えるわけがない。と、開き直っておりました、今までは。

でも、ふと考えてみると、「いい男」や「いい女」って写真でもやっぱりいい男・いい女なんですよね。つまり、写真でいい男ではない僕は、いい男ではないと。うーん、由々しき問題であります。

だから、これから写真に写る練習もしようかなと思いました。
笑顔の作り方とか、僕は習ったことがないけど、けっこうみんな自分なりのコツを知っているようで。女の子なんて、どうしてあんなに自然に笑顔が出来るんだろう。

そうは思っても、本人から見たら納得できない場合も多いようで、僕も同じことなんだろうか。

特に需要はないと思いますが、セルフヌードであれば、わりと抵抗なく撮影できる気がする。顔、というか表情が入ってくると、途端に難易度が上がります。笑顔が上手に作れるようになりたい。

村上春樹の小説に、「上質な女の子は(その気がない)男に誘われた時のスマートな断り方を何通りか心得ている」という趣旨の文章が出てきたことがあります。たしか世界の終わりとハードボイルドワンダーランドだったかな。「さりげなく写真で笑顔を作れる」というのも、それと同じようなものじゃないかと思うんですよね。幅広く色々なことを、さりげなくこなせる人ってカッコいいし。頑張らなくては。


ちなみに、撮影するのは好きです。
これ、完全に僕都合の図々しいお話しなんですが、サイトで使う壁紙のモデルさんを募集したいくらいなんですよ。いまこのブログでも使わせてもらっている壁紙(女性が林檎を持っているやつ)は、素材屋さんのものを借りています。サイト内で調教風景などを載せているのはオリジナルですが、そういう風に「調教ありき」の撮影ではなく、「撮影のための撮影」みたいな雰囲気で写せば、良い写真が撮れそうな気がします。いまの壁紙も気に入ってはいるんですが、自分でそういうシーンを写していくのはもっと楽しそうだし、僕の持論として女性は「見られて美しくなる」ものですし。スタイルとか年齢とか気にしないし、壁紙画像のようなちょっとセクシーな雰囲気を出したいだけなので、「ちょっとやってみようかな」なんて思ってくれた素敵な貴女、ぜひご一報ください。


話が逸れました。明日も、違う背景で写真撮影があります。僕が写るほうのやつ。
気が進まないけど、頑張ったと思って夜を迎えたいので、今日よりはまともな表情で写れるように努力しようと思います。

写すだの写されるだの、写真の話をしていたら、簡単にカメラが欲しくなる堪え性のない僕がいます。万年筆の次はカメラかな…。そしたら誰か脱いでくれますか。

[ 2013/06/11 23:50 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(2)

じれったいけど、


仕事が適度に忙しくて、それ以外の趣味の時間も充実していて、S な気持ちも過不足なく持っている素敵な状態なのに、ブログの更新をしようとすると、なぜか筆が進まないことがあります。

まさにいまがそんな感じで、充実疲れとでもいうんでしょうか。
そんなに言うほどハッピーなわけでもないと思うけど、更新することが思い浮かばないと。
困ったもんです。

ですから端的に。

この1週間くらい、忙しいけど不愉快なことはなく、むしろ良いことがたくさんあって気力に満ちています。

エクスタシーはまだ先。
でも近づいているような。
やがて必ず来ると知っているエクスタシーを、想像しながら待つ時間がきもちいいのは、S も M も同じでしょうね。

[ 2013/06/10 23:01 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(2)

プレピーはゼットンか


200円で買える廉価万年筆、プラチナのプレピーという商品を購入しました。

たまにコメントをくれる momo さんのブログにて、100円均一で買える万年筆や、その他プレピーのことなども書かれていて、どんなものなのか興味津々になったもので。

僕はそういう「まず勝てるはずがない奴が、どれだけ粘れるのか」みたいな方向に興味を抱いたりします。

なかなかみんなに通用するたとえ話が思い浮かばないのですが、たとえば魔神ブウ編において、ベジータがどんだけ修行をしたって、ベジータはブウに勝てるはずがないですよね。主役じゃないし。
あるいはまた、特撮ヒーロー物なんかで、敵の一味の幹部みたいな奴らが、どこまで粘れるのかとか。「なんとか戦隊なんとかジャー」というタイトルの番組で、地球侵略を狙う悪の組織が最終的に勝てるわけがない。でも、そういう「絶対に勝てないよね」って奴らが、王道を行く相手に対してどれだけ粘れるのかってところに、興味をもってしまうんですよ。ドラゴンボールもなんとか戦隊もよくわからない人のために全然別ジャンルで補足すると、よく少女漫画とかで、主人公の女の子・憧れの男の子・主人公の親友・憧れの男の子の親友、といった組み合わせがありますよね。その中で、憧れの男の子の親友は、途中でちょっと主人公に惚れちゃったりするわけですが、まず実らないだろうけど、どこまで粘れるのか…みたいなね。たまーにウルトラマンを倒しちゃうゼットンみたいな怪物がいて、そういうのに遭遇すると喜んじゃいます。

ここまでたとえ話に行数を割かなくてもよかった気もしますが、なにかうまく伝えきれていないような。

とにかく、200円で買える万年筆が、数万円で売られている万年筆に「勝っているはずがない」。個人の好みはさておき、一般論からすれば間違いなく、数万円の万年筆の方が優れているはず。書き味、質感、所有欲といった面でも。その数万円でもそれほど違和感がない世界の商品がひしめく万年筆界の中で、わずか200円という低価格で堂々と「万年筆」を名乗るプレピーはどこまで食い下がれるのか。気になって仕方ありませんでした。「お前、本当に万年筆なの!?」と。

プレピーは全7色。ペン先の太さが2種類なので、合計14本のバリエーション。
いや、さすがの僕も14本すべてを大人買いなんてしませんとも。明らかに日常で7色必要ないのに、そんなに買いませんとも。いくら200円でも、独身貴族でも、そんな無駄遣いはしませんとも。

だから4色8本にしといてやったよ!

いやー、グリーンとか、綺麗だけど使い道まるでなし。
いや、使う人もいると思いますよ。でも、僕には必要なし。だいたい、僕は色弱でして、そんなに細かい色の違いなんてわからないんですよね。ブルーブラックって、青じゃん。買う前から不必要だとわかってはいたけど、ネットで「プレピーのグリーンは綺麗」って評判を読んじゃったのでつい。

前置きが長くなりましたが、プレピー、結論としてはなかなか良いです。
カートリッジをセットしてからインクが滲んでくるまでに、異様に長い時間を要するものが数本ありましたが、インクが出るようになってからは、どれもそこそこ良い感じで使えます。アタリハズレはあるようで、これはアタリだなと思うものに関しては、サファリ(3000円くらい?)と比較しても遜色ないほどに書き心地は良いです。もの自体の質感は、200円なのでやっぱり安っぽいものの、高級感を求めてプレピーを買う人はいないと思うので問題なし。人気があるのもよくわかりました。

詳しいレビューは、僕なんかよりもっとプレピーや万年筆に詳しい方々のブログなどを読んでいただくとして、個人的には、このベジータ、うまくすればブウをやっつけるかも、というくらいではありました。ハズレの方は瞬殺されると思います。

ようするに、ごく普通に使える水性ペンとあまり変わらない書き味ですかね。
ただ、一応ペン先は万年筆構造なので、描かれた文字の雰囲気は、それらしいものになってきます。アタリハズレのレベル差が激しいので、最初にハズレを引くと万年筆自体に悪印象が残りそう。1本200円のペンというのは、買う世代によっては安くはないと思いますし。平均点は合格だから、最低点をもう少し上げられれば。

[ 2013/06/09 00:31 ] 文房具など | TB(0) | CM(3)

「またくるよー」


ご心配をおかけした目の異変ですが、今日、一応病院に行って検査をして、いまのところ特に大きな問題はないとのことでした。ストレスや疲労が原因で発生することがあるようで、気が緩みがちな週末に起こることが多いようです。なにはともあれ、深刻な状態ではなく良かったです。めでたし。

でも、再発する可能性は「極めて高いと思っていた方がいい」とのこと。
なんだそれは。命に別状があるわけでもなく、端的にまとめると頭痛の予兆ということなので、どうも軽視しているような気もするな。そう頻繁に起こるとは思えませんが、一度なったのであれば、またなると考える方が自然ですから、と。まぁそりゃそうですけど、何か手はないのかと問いたい。とにかく日々、頭痛薬だけは肌身離さず持ち歩くことにします。

[ 2013/06/06 23:22 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(2)

「えっ、俺ハンサムだけど?」


「自称美人」は無料のファストフード


今日、ヤフーの映像トピックスで見つけたものです。

「私は美人です」と宣言すれば、会計が無料になるというキャンペーンを実施しているブラジルのファストフード店。とてもいい企画だなと思います。

美人かそうでないかなんて、客観的な基準があるはずもなく、言ったもん勝ちだと思います。自惚れて欲しいってことじゃなく、みんなもっと自信を持っていいと思うんですよね。美人とか可愛いとか、そういうのは本人の思い込みも強く影響してきます。自分のことを可愛いと思ってにこにこ笑える人は、まず間違いなく可愛い面をもっていると思います。好みの問題はあるけれど、いつも言うように、楽しそうに笑っている女の子はみんな可愛い、というのが僕の持論であり、価値観です。

日本でもやってみればいいのに。
宣伝効果は充分だと思うし、採算がとれそうな気もする。
美人だけじゃ不公平だし、イケメンってことでもいいかと。
美人は無料の日、イケメンは無料の日、それぞれ四半期に一度くらいの間隔で実施するだけでも、なんとなく街中に美人やイケメンは増える気がします。それっていいことだと思うんだけどな。

まったく反対に、自称美人や自称イケメンは料金2倍っていう差別キャンペーンをやったらどうか。自ら進んで2倍払う人とかいないかな。とりあえず僕は払うね。「あっ、僕イケメンなんで2倍ですよね?」とか聞いちゃって、「あぁ、イケメンでしたか。そうですね、そうすると料金は2倍になります」とか言われて、おもむろに一万円札を出して「ちょっと普通のイケメン度合いじゃないんで、これ、お釣りいいです」とかね。バカだなぁ。

バカって僕か。

言葉は時として凶悪で、その一言で人を傷つけ、命を奪うことさえある怖いものですが、どうも最近、過敏に扱いすぎのような気もするんですよね。色々な面で。みんなが同じじゃないから、一概には言えない。でも「過保護になるぶん、その子は弱くなっていますよ」と言いたい相手もいます。打たれ弱さを「繊細」とか「複雑」とか言い換えて、それじゃそのうち、誰も何にも話せなくなっちゃいます。大袈裟でもなくて、本当に。仕方ないから、ネットで匿名性に守られて好き放題いろいろなことを言う。

ケースバイケースだし人それぞれだし、そのすべてを知っているわけでもないので、あくまで印象としてってことですが、「人間味を失うことが美徳」という流れにほんの少しずつ流れていってる気がするんですよ。画一化された価値観があって、それに沿っていくことが無難で、当然で。何を口に出して良くて、何がダメなのか曖昧でわからないから、口数がどんどん減っていく。「公的には」であって、友人同士や家族内であればそう不自由なく会話できるのかもしれないけど。


やや話が逸れましたが、そういう印象を抱かせる最近、「私は美人」で無料になるファストフード、いいですね。明るくなると思います。ポジティブが苦手な人や、どうしてもネガティブになる人もいっぱいいるのはわかります。弱っている人を、これ以上傷つけないように守ろうとするよりも、ちょっとくらいじゃ弱らなくていいように強くしてあげることも必要でしょう。なにがどうしてそうなるのか説明できないけれど、「私は美人」に類するポジティブなキャンペーンには、うまくやればとても大きな可能性を感じます。

心配しなくても、誰でも美人だし可愛いしカッコいいし…と僕は思います。
あなたのことを素敵だと思う誰かは必ずいる。人は何十億人いると思ってるのかと。


千差万別の悩みごとを、まとめてワンパンチで吹っ飛ばせる特別な腕力が欲しい。
ブンブン振るうね。



[ 2013/06/05 23:33 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(3)

いまのところ大丈夫


前回の、目に異変が起きたことに対して、思っていた以上に心配のコメントやメールをいただきました。どうもありがとうございます。なんだか異様に嬉しかったです。

今日は午前中から会議が入ってしまい、病院に行く時間はありませんでした。
あの後、再発はしていないし、病院に行くのはもう一度同じ症状が出てからでもいいかなと思ったんですが、ブログを通じてだけではなく、リアルの友人知人にも「一応行ったほうがいい」と言われたし、むう、行くか。でも大丈夫だと思うんだけどな…行って完全に大丈夫となったら、また改めてご報告しますね。


で、ちょっと今日は慌ただしかったもので、このあたりで。

呆れずまた来てやってください~
[ 2013/06/03 23:55 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(0)

見えることは大切だらけと知る


少し前に、SM と五感をモチーフにしたショートストーリーを書くといいました。

今日、まず視覚からいこうかと思って、どういう「視線」が恥ずかしくていやらしくて、気持ちいいものかなと考えてました。僕の理想の一つは、視線だけで相手がイクことであり、見据えられたことで快感が押し寄せ、全身を震わせてエクスタシーに達している女性を見たら、僕自身の満足感も相当なものになると思います。そういう視線を描きたい。そう思って、色々とイメージをして、いくつか「こういうの、いいな」と思うシチュエーションが浮かびました。

思い描いたシチュエーションを、読み手にきちんと伝えられるような文章が書けるのかが難しいところで、せっかく書こうと思ったものがあるのだから、来週中くらいまで時間をかけて練って、更新しようと思います。書くという行為の中でも「物語を作る」という作業は異質で、エッセイを書いたり報告書をまとめたりするのとはまったく違う能力が必要という気がします。だからこそ楽しいって気もします。それに、想像を自由に描けることは、とても贅沢なことって思うんですよね。


話は変わって、実は今日、少々不安なことがありまして。

仕事中、突然視界がおかしくなったのです。
太陽を直視したりすると、その眩しさがしばらく残って、常に目の中にチカチカと光が煌めいている状態になりますよね。あんな感じで、視界の中に稲妻のような閃光が表れて、揺れ動きながら消えなくなりました。字を書こうとしても、視界が不安定でうまくできない。なんと表現したらいいんだろう。視界の一部に光のモザイクがかかったような、しかもそのモザイクが少しずつ移動をしたり広がったりを繰り返している、一言でいうなら非常に不愉快な状態です。初めての症状で不安になり、キーボードを叩くのもやりづらかったけど、ネットで似たような症状を探してみました。するとヒットしたのが「閃輝暗点」という症状で、偏頭痛の予兆として表れるもののようです。

該当項目を読むと、閃光がちらつく状態は数十分続き、それが収まったあと激しい偏頭痛に襲われるとのこと。じゃあなに、これが収まったら今度はすごい頭痛がくるのかいと、身の上に試練が訪れるのをわかっているのって大変厳しいです。役に立つのかどうか、予防として頭痛薬を。さらにネット情報で、閃光状態のときに後頭部をマッサージすると良いと書いてあったので、必死にマッサージを。僕は痛みに弱いのですよ。

結局、閃光はたしかに数十分でなくなり、しかも頭痛は襲ってきませんでした。やったーと万歳するほどおめでたくもなく、閃輝暗点のあとで頭痛が来ない場合、さらに深刻な症状である可能性もあるということなんで、月曜日には眼科にでも行こうと思います。素人だし、閃輝暗点というのも症状が似ているだけで、本当にそれだったのかはわからないけど、ちょうどコンタクトも作りたかったし、眼科で安心してこよう。

根が楽観的なもので、今回のこれも、心のどこかで「でも大丈夫なんだよな」と高を括っている自分がいます。そして、たぶん本当に大丈夫。大丈夫かそうじゃないか、その手の予感は不思議とピタリ当たるので。大丈夫じゃないという予感がするとホントいやなんですけどね。


しかし、ネットがあったから良かったものの、なんの知識もなくあの症状が続いていたら怖いな。一瞬、失明するのかと思いました。まだ見たいもの、(主にいやらしい方向で)いっぱいあります。今日明日で光を失うことはないと思うけど、不意にそれが訪れる可能性はまったく否定できない。いつそうなってもいいように、と構えるのは石橋を叩きすぎかもしれませんが、それでも目で見える色々な景色、瞬間を、大切に覗いて記憶していこうと思いました。

だから急いで見せてください。



[ 2013/06/02 01:08 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(2)