「羞恥の時間」blog について

「羞恥の時間」blog に来ていただき、ありがとうございます。

このブログではゆーりの思ったことを徒然と、思ったままに書き流していこうと考えています。
なので、普段の更新はほとんど、単なる日記や雑記としてのものとなります。
(ホームページ「羞恥の時間」は現在公開停止しております)

たまに写真や羞恥課題などをアップすることもありますが、SM や羞恥、露出などのアダルト要素をお求めの方は、本サイトの方へ飛んでいただければ。

ブログを通じて、色々な方と知り合い、交流できたら嬉しいと思っています。

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[ 2020/02/13 02:38 ] その他 | TB(0) | CM(3)

なんでもイコールになる万能感と当たり前のスケベ心。


S と M の気持ちがシンクロしているとき、指先ひとつでも充分な調教が可能で、そういう意味では、サディストとしての資質に五体満足というのは必要不可欠ではないのかもしれません。突き詰めて考えれば、視線だけでも同じことは言えるし、究極としては、主がそこにいて、なんらかの意思表示をするだけでも、全身に痺れが走るようになることだって不可能ではないのでしょう。というか、長く SM に関わっている人であれば、それに近い経験の一度や二度はしたことがあるでしょうね。

その閾までいきたいと思う人はそれほど多くないので、理解されにくい部分だとは思います。趣味嗜好、タイプ、目的や求める相対関係の差異によっても目指す方向は違ってきますから、さきほど述べた「究極」という言葉も、適切かどうかはわかりませんね。

ある瞬間、そこまでの全能感に酔いたいときもあれば、ミニスカートを自らめくりあげて顔を赤くしている M の様子をニヤニヤ下心に包まれて眺めているときもある。スケベの S が圧勝しているときが多く、でもまぁ、それでもいいやと開き直る。

とにかく僕は、いろいろしたいわけで。

[ 2017/06/12 23:13 ] SM and Sex | TB(0) | CM(0)

「ハッ!!」


なんだか気合いが入ってきた。

正直なところ、仕事も含めた日常生活に忙殺されていて、それが数年続いていた。頭の回転が鈍くなり、思考の見通しもぼやけがち。一念発起というのを、人は一生で何度するのかよくわからないけれど、今日不意に、そんな感覚になり、脳内の霧が消滅した気がします。

そんなモードに入ると、思考にも鋭さが戻ってきて、我ながら頼もしい。慢性的な頭痛、仕事後の抗いがたい眠気、重い身体、それらをごまかしながらやり過ごすためにすり減らす精神力。そういったネガティブな要素が排除されて、真っ直ぐな視点で自分と進路を見渡してみれば、ポジティブな宝の山は手に届く範囲にいくつも光っていて嬉しくなってくる。

そうありたいと願う自分を強く思えば、そうあれる資質は誰にでもある。思いの強さが大切で、そこから他のことが始まる。他人ではなく、自分に何かを求めることが大切で、そうすることで他人との関わり方も変化する。自分は大事ですね。

[ 2017/05/23 17:06 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(0)

更新維持


もう何年もこんな状態ですが、またまた久しぶりの更新。

それも、「広告を消すため」というやっつけ更新であります。

中学生とか高校生とか、それくらいの年齢の頃、「仕方ない」「しょうがない」というたぐいの言葉が嫌いで、そういう言葉をすぐに使う人のことも嫌いだったはずなのに、最近、自分自身が使ってしまうことがけっこうあって、そのたびに少し自己嫌悪に襲われます。

どこまでが理由となり、どこからが言い訳になるのか、線引きは難しいですね。

カッコよくありたい。

[ 2017/05/22 19:33 ] その他 | TB(0) | CM(0)

線路は続くよどこまでも


時間が過ぎ去るのが本当に早い。

ややミーハーな振り返り方をすると、ベッキーが不倫して大騒ぎになったり、SMAPの解散話が出て大騒ぎになったり、清原が逮捕されて大騒ぎになったり、「今年の芸能界は毎日のように大事件が起きますね」なんてワイドショーが騒いでいたのは、実はもう去年の前半の話で、「今年」は今年でもう2か月が過ぎているのが空恐ろしい。

ふと思い立って「自分史」を作ろうとしても、大学を卒業した辺りから先、どの1年にどんなことがあったのかを正確に記するのが難しいという事実に気がつきます。順を追って思い出そうとすれば、それらしい足跡を辿ることはできるのかもしれないけれど、それが正確なのかどうか、きちんと確認する手段はほとんどない。僕は、自分の写真を撮るのが好きではないもので、20代の頃の写真もほとんど残っていないし、社会人になってからは学年も卒業もないから、いつどこでなにをしていたのか、ずいぶんと曖昧です。

そんな風に曖昧な時間の過ごし方はもったいないと思ったりもする。人生を四期に分けて、それぞれの期間に明確な目標を持って過ごすというインドの人たちの話を思い出して、そういう過ごし方は有意義なのかもと思ったりもする。

行き当たりばったりとか、その日暮らしとか、宵越しの銭は持たない、風の向くまま気の向くまま、そんな感じのふわふわした軽い毎日が好きだった僕も、さすがに歳をとりましたかね。

毎日の覚え書きになるような簡単な日記でもつけようかなと、また思っては二の足を踏み、また思っては二の足を踏む。

[ 2017/03/04 18:34 ] その他 | TB(0) | CM(0)

うごがはは


言葉の響きはもう幾星霜を経て今日この音に定まってきているので、いくつもの音が淘汰され洗練されていく中で残るいまのそれは、意識してみると見事という他ないくらいにナチュラルで美しい。

美しいという意味を持つ「うごがはは」なんて新語を流行らせようと思っても、決して普及せずに消え去ってしまうでしょう。音をどこまで細分化していけるのかわかりませんが、K の音は鋭利で力強さに儚さをも含み、G だとなにか淀んだ印象を受ける。極楽とか極悪とかいうときの「極」は K も G も含んで超越的だし、学生にはどちらに転ぶかわからない危うさを感じたりもする。すべて後付けでどうとでも言えることだけど、僕が大別できるひとつひとつの音にはそれぞれの持つイメージがあり、それら音の集合体としての単語にも、連なって形作られるフィーリングがある。いくつも継ぎ足していけるから、無限の気持ちが世界にはあって、ピシャリと言い表せる感情は片手で数えるほどしかない。

一人で想ってすらそうだから、二人で話せば相乗効果。
何かを理解することなんて、本当はできないようです。

それでも何か確かなものが欲しいなら、片手で数えるレアでデフォルトな気持ちの追求を。
美味しくて気持ちいい。眠い。

[ 2016/09/13 22:45 ] 雑記雑文 | TB(0) | CM(0)